44言目:惜別 vol.2

vol.1 の続き

芦谷が入学してから3年が経過した。
入学時に立てた年間目標どおりには進んでいなかったものの、3年秋に九国、福大から2勝したこともあり、少しずつだが注目を集める存在になりつつあった。

例えば、前に彼自ら売り込みをかけたメディアの方が、実際にインタビューしにグラウンドに足を運んでくれた。
「インタビュアーの人がどんな人か知らないまま受け答えするのは失礼だ」と、ネット等を駆使してインタビュアーの方のことを事前勉強してから臨む芦谷の姿勢は見事だった。しかしながら、肝心な受け答え自体は、歯切れがとても悪く、気の利いたことを全然言えていなかった。自分で売り込んだにも関わらず。私はその場でチクリと説教した。

せっかくメディアの方が時間を割いてインタビューしに来ていただいているんだから、
メディアの方の立場になって考え、記事に書きやすいようなことをちゃんと話しなさい。
自分の強みや武器といった基本的なことを聞いていただいているのに、それすらうまく話せないようではみっともないんじゃないか。

と。

いよいよドラフトを翌年に控え、芦谷も焦り始めたのだろう。

年末、地元に帰省したときに、プロのスカウトの方に会えるかもしれない機会があるので、その時に直談判してこようと思います。

そう報告を受けたことがあった。

私はこう返した。

直談判するのはいいけど、
そのときにスカウトの方から『そうか。じゃあ君の武器はなんだい?』と聞かれたら、なんて答えるの?

彼は答えられなかった。
私は続けた。

そもそも、客観的に考えて、もし芦谷がスカウトだったとしたら『芦谷投手を指名しよう』と思うの?

指名しないと思います。
と、彼は答えた。

私は、またもや説教した。

そんなんじゃ、スカウトの方を困らせるだけである。
インタビューの時と同じで、相手の立場になって考えれば分かる。
スカウトの立場に立ったとして、よく知らない大学生に「プロになりたいです!」と声をかけられ、『そうか、じゃあうちが指名してあげるから、ぜひおいで』と言うような奇特なスカウトは絶対いないだろう。まして、自分の強みも答えられない、もし自分がスカウトだったとして自身を指名しようと思わない、そんな自信のない大学生を指名したいと思うだろうか。スカウト部の上司に、所属球団に、自信を持って推薦することができるだろうか。

と。

もちろん、自分の強みが言えないのは、「まだまだ強みとは言えない、満足してはいけない」という謙遜の気持ちによるものだったが、本当にプロに行くような選手は、そんな謙遜はしない。

自信の無さは、「このままではまだプロでは通用しない、もっと上手くならなければ」という危機感によるものだった。たしかに、この危機感そのものは、自らを成長させるための重要な原動力になる。
だが、それが焦りを伴う危機感だとしたら、時に、健全な成長を阻害する結果となる。

芦谷の焦りは消えることはなかった。

冬になると、芦谷は地元に帰省したまま帰ってこなかった。
地元にある、プロを指導するレベルのジムに通い詰めた。
大学野球最後の冬を、今後の野球人生を、このジムでのトレーニングに賭けた。
だが、周りの選手の想像以上のレベルの高さ、トレーナーからの容赦ない𠮟咤。
焦りは消えるどころか、増大していったのかもしれない。

冬が終わり、地元から戻ってきた彼の肘は極端に下がっていた。
それに比例するかのごとく、彼本来の球威も失われていた。

そして迎えた春。ドラフトへのアピールのためには、非常に重要な機会となる春。
開幕戦では、リードした場面でリリーフとして登板するも、逆転を許す。結局、開幕戦以降の試合でも満足な結果を残せないまま、春が終わった。

春が終わりちょっとした頃、芦谷から声がかかった。
最後の秋に向け、意識のすり合わせをしたいとのことであった。

彼はノート見開きにびっしり自分の考えを書き連ね、私との話し合いに臨んだ。
話し合いは、みっちり3時間は費やしたと記憶している。

私は、

「自信をつけるために通い詰めたはずだった地元ジムで、周りの選手のレベルの高さ、トレーナーからの容赦ない叱咤により逆に自信を失って帰ってきたこと」
正直、今あなたがメディアに取り上げていただいているのは『九大生』という肩書きによる部分も大きい。ただ、プロや社会人になったら、肩書きでチヤホヤされることは全くない。ジムでトレーナーにも言われたはずである。あなたが進もうとしているのは、それが当たり前の環境ではないのか。率先してそんな環境に進もうとしているにもかかわらず、今の時点から、そんな環境で自信を失っているのであれば、本当にプロの世界に進んだ時に心配しかない。
「自信の無さから、絶対開幕に間に合わないタイミングでフォーム改造に着手してしまい、春を棒に振ってしまったこと」
もはや新しい知識を取り入れるフェーズは終わっている。知識は充分身に付けたであろう。これからは(というかもう既に)自分の持っている知識を取捨選択し、削ぎ落し、軸を定めて磨き上げるフェーズではないのか

と、率直な意見を伝えた。

入学時からずっと強みだったもの、それは140キロを超えるストレートではなく、むしろスライダーであった。
もちろんそれはずっと自覚しているだろうが、それだけでは足らないと、ほかのことを追い求めていた。
追い求め過ぎて迷走し、今持っているものすら見失うくらいならば、今持っているものを絶対の武器として軸に置くほうが遥かに良い。スライダーをしっかりアピールしていくべきである。
あとはシンプルに軸を磨き上げていければ、おのずと結果は出てくるだろう。

そんな話をしたような気がする。

そこから、最後の秋に向けて、芦谷はフィジカルをメインとして、シンプルに軸を磨き始めた。
徐々にではあるが、確実に調子を上げていった。

vol.3 につづく

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